Trip
Issue : 42
HOTELLI aalto|標高800mで見つけた、北欧への共鳴とほこらのような原初の温かみ
「ホテリ・アアルト」は、福島県、山形県、新潟県にまたがる磐梯朝日国立公園のなかに建つ山荘を改修し、2009年にオープンした。標高約800mに位置する、木々と点在する湖沼に抱かれたこの地は、春めく陽気にさらされながらも、まだ白い季節の跡が残る。やおら車から降りると、季節の切れ間にすこんと迷い込んだかのような錯覚に陥った。
澄み通る源泉を享受する、山あいのリゾート
さかのぼること130年余り。噴火した磐梯山の噴石は、ほうぼうで水流を堰き止め、この地一帯に湖沼をつくりだした。時が経ったいまも、磐梯朝日国立公園やその周辺には、湧水をたたえる湖沼が点在する。
湖沼のほとりからは、源泉が湧き出る。透き通る硫黄泉は、思った以上に柔らかだ。言うまでもなく、このホテルでは掛け流しの温泉を楽しめる。
「沼」と聞いて思い浮かべる、暗く湿った水辺ではない。水はむしろ澄み通って、緑、黄、青、赤のグラデーションがゆらめき、木々の影や木漏れ日を受けとめる。
一面には、まだ冬の名残り。しんと張り詰めた空気や静けさが、時間の感覚をゆるめていく。湖沼のほとりやひとの轍のところだけ、春の到来をしめすようにぽっかりと雪解けて、奥へ奥へと我々をいざなう。
土地を解き明かし、時の流れにゆだねる
「ホテリ・アアルト」は、埼玉県上尾市の所有する保養所だった築40年の建物を改修してできあがった。もとあった骨格をできるだけ生かし、ときに増築をともないながら、いまある姿へ。
運営するのは、福島県郡山市を拠点とする八光建設のグループ会社。代表取締役である宗像 剛さんは、社長就任時の2001年、それまで主軸にしていた官公庁の仕事に加えて民間の仕事も重視する姿勢に転換し、それからの四半世紀、自分たちの思想を発信することに心血を注いできた。
「まずおこなったのは、それまで会社の資材倉庫だった場所をLABOTTOという施設へ造り替えること。その中心には、地場産の木材を使用し、釘金物を使わないで組み上げたモデルハウスを据えました」
プロダクトアウトのものはできるだけ使わない。その想いがもたげたきっかけは、20代の頃から北欧で目にしてきた文化や暮らしだったという。
「忘れもしないのは、ギリシャを訪れたときのこと。2千年以上の歴史に育まれた土地と文化に圧倒されました。そのとき泊まった宿も、ゆうに300年を越えた建築でしたが、時の流れにさらされてもなお丈夫で、それでいて内部には、その時代の快適さがきっちりと実現されていた」
時に磨かれながら、時代の流れに応じていくこと。八光建設のその後のさまざまな取り組みのスタンダードにもなったその考えは、ホテリ・アアルトにも息づく。余計な手はできるだけ加えず、土地を解き明かすことに時間を使った。
たとえばレストランの天井や床材には、改修の際に切らざるを得なかった木々が使用された。同時に、切った本数分を改めて植樹することで、土地のバランスを崩さないように努めたという。
湖沼を中心とした周辺環境も、ホテルのために整えた部分はほんのわずか。この地ならではの植生に任せきることで、美しいビオトープに着地させた。
また、本館から少し離れた場所には、山荘を改修した一棟貸しのロッジを構える。こちらもやはり、築35年の骨格はそのままに生かしながら、内部はいちどスケルトンの状態にし、必要なだけ補強を施すことで、居心地のよい空間に造り替えた。
ここからは、建築家・益子義弘氏が手がけたデザインがもたらすゆたかな時間を通じ、空間づくりのヒントを探っていく。
ふとした瞬間に、景色を差し入れる窓
ホテリ・アアルトからは、南に磐梯山系、北に吾妻連峰を見晴らせる。
そうした壮大な景色は、滞在中、客室やレストランの窓から、ふとしたときに静かに差し込む。
その大小さまざまな四角い切り取りに映る静謐な世界は、北欧を舞台にした映画のワンシーンさながらで、格別だ。むしろその世界を楽しむための目隠しとして、この建物が存在しているのではと、うっかり思ってしまうほど。
ミニマルで広い。スクリーンが曖昧にへだてる室内空間
全17ある客室は、いずれも、包み込むようなミニマルな心地よさを感じさせる。
ある部屋の天井は、ゆるやかにカーブを描き、ほこらのような原初の温かみ。その高さは、じつはベッドの上は低めで、リビングスペースは高め。重心は過ごしやすさだと、ハッと気付かされた。
また、客室内は基本的にワンルームでありながら、たとえば腰の高さくらいの棚や、切り込み細工がほどこされた木板で、リビング、寝室、作業場……とゆるやかにへだてながら、かといってきっぱりとは仕切らない。だから、ひとりが寝ていても、もうひとりは気兼ねなく読書に没頭できる。
ただ広いということが、すなわち快適というわけではない。どこか日本的な感性や節度を感じさせる一方で、またそこには、真冬の日照時間が3時間ほどの北欧における、室内でのゆたかな暮らしへの共感とリスペクトも。なにしろこの土地も、年に数回はマイナス20℃を記録するというのだから。
時間や季節のうつろいを、光として取り込む
かのアルヴァ・アアルトの建築に、「光」の仕掛けが尽くされたように、光を巧みに取り入れるデザインや工夫は、このホテリ・アアルトのそこかしこにも。
客室などの窓の一部には、表面を縦方向、裏面を横方向に切り込むことで格子状に仕上げた木板が使われており、目隠しの役割を果たしながら、光をやわらかく取り込んでいる。
大浴場を出てすぐの廊下には、火照った体を冷ますのにうってつけのベンチがあり、廊下とベンチをゆるやかにへだてる木製のブラインドは、小窓から差し込む光を受けると、時間によってさまざまな影を廊下に延ばす。
ロッジの窓からは、この時期、落葉した木々の間から雪を被った磐梯の山々を望むことができるが、夏になれば葉が生い茂り、それがサンシェイドになるという。時間や季節のうつろいが、空間のあちこちに光として注ぎ、彩りを添える。
ホテルでありながら、住まいのように親しい
土地を読み解き、ありのままを生かす。時の流れや季節のうつろいによる変化にゆだねる。
そうした想いのあらわれであるホテリ・アアルトの空間づくりには、また日本らしい感性と北欧の暮らしや文化との共鳴が息づき、それゆえに、ホテルでありながら、住まいでもあるような親しみを覚えた。
置く家具やインテリアによって趣や気分を変える、ナチュラルな内装にも。限られた空間をたっぷりゆたかに過ごすためのデザインにも。心地よい住まいかたの可能性と工夫が、さりげなくほのめかされる。
yado's pick up item
スウェーデンの家具デザイナーであるオーケ・アクセルソンは、生涯にわたり数々のパブリックプロダクトを手がけてきた。
このウッドチェア「ライト&イージー」は、ホテリ・アアルトのためにデザインされたスペシャル仕様。片手でもラクに持ち上げられるほど軽く、スタッキングすることもできる。鮮やかな色彩も魅力の北欧家具だが、こうしたナチュラルなテイストの家具はいつとなく部屋に馴染み、空間づくりの土台を支える。
Editor’s Voice
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代表取締役の宗像さんは、「聞かれればこうして言葉で伝えることもできるけれど、本当はそうしたくない。ただここで過ごすだけで自然に伝わる、そういうことを、なにより目指したから」と、なんどか口にしていた。当然、原稿を書きながらその言葉がふっとよぎり、こうして記事にすることは野暮ではないか……と葛藤しながら、せめてもと、宗像さんの想いはできるだけ秘めつつ言葉少なに綴ったつもりです。その匙加減が適正だったかどうかは、ホテリ・アアルトを訪れて、たしかめてもらいたい。
Masahiro Kosaka / CORNELL(Writer)
Staff Credit
Written by Masahiro Kosaka / CORNELL
Photographed by Shintaro Yoshimatsu
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