Interview
Issue : 29
nonnativeデザイナー・藤井隆行|デザイナー視点の空間づくりで人と自然と空間がゆるやかに繋がる
“泊まるように暮らす”人に聞く、暮らしの哲学。日本を代表するメンズブランド「nonnative」のデザイナーとして活躍する藤井隆行さんを取材。7年前に東京から葉山に移住したことで得た、自然との蜜月のような付き合い方。彼の考える自然と人との関わり方や、自然と緩やかに溶け合うインテリアのコツを、デザイナーの視点から読み解いていく。
Profile
藤井隆行
1976年生まれ。機能素材を絶妙なバランスで取り入れ、幅広い世代に支持されるメンズブランド「nonnative」デザイナー。洋服だけでなくインテリアにも造詣が深く、家具ブランドとのコラボレーションも手がける。
人生の分岐点になった、海と山に囲まれた健やかな住環境
取材に訪れた日はあいにくの曇天だった。今にもひと雨来そうな天候だったものの、藤井隆行さんの自宅に入った途端、2階まで吹き抜けになった窓からの光で室内はとても明るい。葉山の高台に佇む住まいは、どんな天気でも日中に照明の必要がないという。
藤井さんが海と山に囲まれた葉山に越してきたのは2016年のこと。東京で昼夜を問わず仕事に没頭していた身から、いきなり夜8時頃にはネオンが消える地方に移住を決意した。
「今でこそ、都会から多くの人が移住する“住みたいエリア”に挙げられますが、当時の葉山は僻地扱いでした。あんな奥に引っ込んでどうするんだ、と思う関係者も多かったみたいです」
東京は刺激があって、日々新鮮。けれど、ともすれば情報過多で振り回されそうになる。子どもたちも幼稚園から小学校にあがり、自然豊かな環境で育てるには、ここが切り替えどきかもしれない。そんなタイミングで出会ったのが、この中古物件だった。
まず目を引いたのが、リビングと地続きとなったウッドデッキ。窓を全開すれば、リビングが庭に迫り出したような形になる。この物件を購入する決め手となったのが、庭との関係性だった。
庭の植栽は「SOLSO」に依頼。暑さに強いワイルドプランツをメインに、ローズマリーや月桃、ウェストリンギアなど、バラエティ豊かなグリーンが四季を通してみずみずしい。
どの部屋にいても、視界に緑が映る。庭に出ると、晴れた日には長者ヶ崎の海が望める。
都会暮らしでは、いつも無意識に自然の中に身を置く時間を欲していた。「実際、東京に住んでいた頃は週末になると積極的にキャンプに出かけていたのに、葉山に越してからはほとんど行かなくなりました。自然に囲まれた環境では、緑に飢えることもないんでしょうね」
自然と密接な住まいでは、人との関係も密になる
もう1つ、この家に引っ越して大きく変わったことがある。それは人との付き合い方だ。周囲に店も施設もないここでは、家で過ごすことが、良い意味で“籠る”時間になった。
休日ともなれば、ここで1日が豊かに完結するのだ。東京から友人たちが訪れ、みんなが緑の中でのんびり休息する。時には庭で焚き火をして、月を眺めながらお酒を飲み、何かしら前向きな話で夜が更けていく。
リビングとダイニングが一続きになった空間で友人も自宅のように寛ぎ、都内で会食するよりも、不思議と一歩踏み込んだ友人関係に変わっていったという。
さらに、人との関係を密にするうえで、藤井家のキッチンは面白い存在だ。
ダイニングとキッチンを仕切る壁を台形に切り取ったことで、別の次元にスイッチする。これは、以前写真集で見たシャルロット・ペリアンの娘の家のデザインをモチーフにしたもの。ユニークなアーチを潜ると、“籠る”という表現がふさわしいキッチンに進む。
水仕事をしながらふと窓の外に目をやると、深い裏山の緑に吸い込まれる。食事の支度を進めながらも、いつの間にか自分の内面と対峙する時間になるのが、この限られた空間の魅力。
友人らが来訪した時も、キッチンで料理をしつつ、皆がここでお酒を片手に立ち話することが多いという。開放的なダイニングやリビングよりも、込み入った話をするのは、いつだって狭いキッチンなのだ。
さらに、キッチン奥のパントリーには、秘密の小部屋のような書斎。階段下のデッドスペースにもデスクを置いて、小休止できるようなスペースをつくった。
気持ちを開放できる明るいリビングと、自分の内側に入れる小空間たちで、陰陽のバランスが取れた家づくりへつながっている。
眺めのいい庭を主役にした、自由度の高いインテリア
そんな“籠る”空間の藤井さんの家にはTVがない。
「葉山に越すタイミングで処分しました。TVがあると、どうしてもそれが中心のインテリアになるし、あるだけで存在感が強いので」
TVをなくしたことで手に入った、眺めのいい庭を主役にした空間。TRUCKのソファでくつろぎながら、朝夕に素晴らしい景観が楽しめる。
仕切りのない広々としたリビングの隣には、小上がりになった和室がある。月見窓からは隣家の緑が借景となり、1枚の絵画のよう。デンマークのデザイナー、ボーエ・モーエンセンのラウンジチェアが和の空間にしっくりと馴染む。
季節によって庭の自然が姿を変えていくように、藤井家のインテリアも定期的に位置が変わる。ソファの向きだったり、椅子や絵画の配置だったり。
それはささやかな変化であっても、刻々と移りゆく自然界と住まいが呼応しているようだ。
自宅に飾る花は庭から摘んできたものを
床の間に飾られた河井寛次郎の花器と掛け軸。そこに、さりげなく活けられたアガパンサスの花。玄関壁の一輪挿しにも、愛らしい紫陽花が活けられていて、これらは庭で咲いていたものを摘んできたそう。部屋のカラーを統一しているぶん、花や小物の色彩が視覚的なメリハリを生む。
「葉山に引っ越してきてから、花を買うということがなくなりました。庭で咲いているものを、部屋で飾るので十分なんです」
外の世界と内の世界の植物が、隔たることなくリンクしているのが藤井家だ。庭も部屋の一部。四季によって変わる美しい植物と共に、暮らしを楽しんでいる。
そして、そんな植物たちと溶け合うように選ばれたウッドやヴィンテージアイテムは、やはり物を生み出すデザイナーならではの視点。色味を揃え、年代を揃え、時には家具の製作者の交友関係まで把握して揃えているという。
外の自然と内なる空間を、こだわりのインテリアが心地よく繋ぐ藤井さんのご自宅。開放感と閉塞感の絶妙な親密さとバランスで、彼の暮らしづくりは続いていく。
pick up item
ウッドデッキに並べられているのは、フランスの「フェルモブ社」のアイコン的チェア。藤井さんがパリに出張した際、公園をジョギングしている途中で見かけたもの。雨に濡れても錆びない丈夫さと流線形フォルム、キャッチーな配色に惹かれて購入した。
商品として用意されたショップではなく、ジョギング中に出会った姿に目を奪われたところも、日常の延長線にデザインがあるデザイナーらしい着目点。
部屋のインテリア同様に、庭のインテリアも楽しんでいる。
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Self Photo6
藤井隆行が撮る旅と暮らしの1コマ
Editor’s Voice
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素敵なご自宅やホテルを訪れると“TVがない”ことが本当に多い。藤井さんが言う通り、確かにTVがあるとインテリアの位置は自然に決まってしまい“よく見るレイアウト”になってしまいやすいのだ。
自然を眺めたり、本を読んだり、お酒を片手に友人と語らったり。藤井さんのご自宅は、その時々に居心地のよい場所を自分たちで選択できる家だった。そんな余白ある空間こそが、泊まるような心地よい暮らしをつくりだすのかもしれない。
Chiaki Miyazawa(yado)
Staff Credit
Written by Tokiko Nitta
Photographed by Eichi Tano
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yadoが提案する “自然とつながる暮らし”。
yado houseから“自然と溶け合う暮らし”をテーマにした住宅「Roofscape inspired by makina nakijin」が誕生。
最大の特徴はプライベートの個室が、軒でつながり、自然と溶け込むランドスケープ。
Roofscapeで、内と外が溶け合う旅先のような暮らしを。