Interview
Issue : 22
ライフスタイリスト・大田由香梨|衣食住のスタイリストが暮らす、感性を育む家
「日常を美しいと思える感性を大切に」。彼女が二つ目の拠点として暮らす築180年の古民家で、美意識を育みながら心豊かに暮らすヒントを聞いた。
今回訪れたのは、千葉の古民家を改修し、東京と往復しながら暮らす、ライフスタイリスト・大田由香梨さんのご自宅。大田さんは改修期間を含む約2年間、時間の許す限りご主人・愛犬と共にこの場所を訪れ、都会と自然、異なる二つの拠点での暮らしを営んでいるという。
“ライフスタイリスト”として人の営みに必要な衣食住のスタイリングを手がける、彼女の家づくりとは。旅先での経験や、二拠点暮らしで得たものなど、その暮らしの原点を聞いた。
旅の経験から得た“俯瞰して見る”という意識
― たくさんの旅を経験してきたと聞きました。これまでどんな旅をしてきたのでしょう?
昔から旅がすごく好きで、モンゴルの民族の家に長期ステイしたり、マサイ族の村に行ったりなど、海外でも秘境といわれる場所を一人で訪れていたんです。そういう中にいると感受性がすごく磨かれる。一人で自然の中や、異なる文化に身を置くと、ふだんだと気付けなかったことを発見できるんです。
観光地もいいのですが、そういうところって誰かが美しいと思ったものを見ているようで案内人がいる気分になります。それより、情報があまりない土地や景色に触れるほうが、記憶に残るんです。日常の暮らしを体験する感じ。私にとっての旅の意味はそこにあります。
―旅は大田さんの人生にも大きく影響を与えたのですね。
もともとファッションスタイリストをしていて、デニムが好きだったので、20代の頃に日本をはじめ、アメリカや中国のデニム工場にもよく見学に行っていました。そこで、環境汚染のことなどを知り、だんだんサステイナブルな思考にシフトして、今はライススタイルスタイリストという肩書きで活動しています。旅に行くと、日本とは常識が180度異なることがよくあります。ファッションだけでなく住空間や食の仕事をしていると、多角的な観点がすごく重要で。その場に入り込むことも大切なのだけど、外側から包括的に見ることも必要。その感覚は旅で養われたと思います。
―今の活動につながってきますね。
はい。私たちはこの大地でできているもので暮らしています。だからこそ、もうちょっと時間軸の長いものに触れていきたいなと思って。葛藤もありつつ時間は有限なので、仕事の方向性としてもどういうものと触れるといいか、常に考えています。
180年もの時の流れを感じる、古民家での暮らし
―“時間軸の長いものに触れる”というのは、ここでの暮らしにも通ずるような。この家と出合ったきっかけを教えてください。
東京の家のほかに、自然や四季の移り変わりを感じながら暮らせる場所を探していて、“古民家付き山林”として不動産情報に掲載されていたこの家に出合いました。内見してみたら、長屋門もある立派な家。あまりに素晴らしすぎて手に負えないと感じ、一度は諦めたのですが、どうしても気になってしまい、やっぱりここだと決めました。2年前に購入し、およそ1年半の歳月をかけて改修しながら、東京と千葉の二拠点で生活をしています。
―どんなところに心惹かれたのでしょう。
具体的にどこ、というよりも、柱一つにも180年間の営みが感じられるところでしょうか。5年間人が住んでいなかったのでけっこうボロボロだったのですが、長い年月の中で、それぞれの時代の生活の痕跡が残り香のようにあって、そういう部分に惹かれたのだと思います。
―改修は、建築家の隈研吾さんにお願いしたそうですね。
友人から隈さんは“気”を通す方だと聞いて、本を読んだら家を設計するだけでなく、暮らす人の流れや未来の景色を作っていらっしゃる方だとわかりました。まさか頼めるとは思っていなかったのですが、改修する前に一度でいいから見ていただいて、アドバイスが欲しいとご相談したら、2週間後には視察に来ていただき、その後、引き受けてくださることになりました。
襖は、この庭の植物を入れて富山の蛭谷和紙職人の方に漉いてもらった和紙や、この庭で作った竹炭を混ぜて漉いた和紙などを貼っています。ワークショップも積極的に行い、一般の方々と一緒に貼ったものも。それも、隈さんと懇意にしている職人さんらが手伝ってくれました。
―たくさんの人たちの手でこの家は繋がれたんですね。
住空間は心や自分自身を育ててくれる場所だと思うんです。まさか自分が古民家改修をするなんて思ってもみなかったのですが、出会って、導かれて、その結果、建物と向き合っていると180年前の人たちの声が聞こえてくる。
例えば天井の小屋梁。自然の木を使っているので大きく曲がっているのですが、その曲がりもうまく活用しているんです。きっとこの木を見つけた人が「これを梁として使いたい!」と考えたのだろうな、とか、見えてくるんです。この塩梅って、今の建築設計だと、なかなかないのでは。そういう昔の人の思考や営みも大切に汲み取りたいと思っています。
隈さんにもお伝えしたのは「私たちは通過点なんです」ということ。自分よりも家のほうが長生きすると思うので、次世代に繋いでいく価値のあるものにしたかったんです。
エネルギーに満ちた東京と、四季の変化を感じる千葉、
それぞれが感受性を豊かに刺激する
―二つ目の拠点を持ったことで、東京での暮らしぶりも変わりましたか?
二拠点生活をはじめてよかったことの一つに、東京の美しさに気付けたというのがあります。東京の中だけにいたらわからなかった素晴らしさを実感するようになりました。街の持つエネルギーの高さ、人々の創造性の豊かさは、世界でも類を見ないのではないでしょうか。千葉から東京へ向かう途中、大都会の街並みが見えてくるだけでワクワクするんです。「バーチャル空間に入って行くぞ!」という感じ。
―逆にこちらの生活の楽しみはどんなところにありますか?
今しか味わえない空気や景色を肌で感じ取ることができる、ということでしょうか。変化を身近に感じられるというか。1週間前と今、ここにある景色も、ここですることも全く変わるんです。桜が満開になったと思ったら、筍が収穫できるようになり、カエルの大合唱のあとは、蝉が鳴く。そのうち虫が鳴き始めて……と、1日単位、週単位で目まぐるしく変わっていく。それに合わせて、庭を整えたり、収穫をしたりと、家での仕事も自ずと変わっていくんです。自然と暮らしが地続きにある。これは東京ではなかなか体験できません。
―両方の生活があることで、より豊かになれるということでしょうか。
そうですね。旅の経験で得た“俯瞰の目”というのはここでも活きてきます。シラコノイエでの暮らしも東京の生活も、それぞれ俯瞰で見るから良さがわかる。それは、地球全体も同じ。広い視点から見ると、これほど美しい惑星なんてないと思うんです。
限られた人生という時間の中で、小さなことでも美しいと思える感受性をどれだけ持てるか。それが、私にとっての豊かさでもあります。
家は次の世代につなげていくもの。
その時々に心地いい場所に、立ち寄るように身軽に暮らす。
―では最後に、大田さんが思う「泊まるように暮らす」とは?
生き方や年齢によって住む場所も考え方も変わるから、私は、あまり固定すること自体望んでいなくて、家にもそれほど執着していないんです。この家もご縁で出合ったけれど、次の世代につなげていくことが自分の課せられた任務で、その間だけ自由に使っていいのかな、と思っていて。そういう意味では、すでに泊まるように暮らしているのかもしれません。ちょっとここに寄らせてもらっているという感じ。ものも増やさないし、いつでも旅立てるようにしている。
ノマドとまではいわないけれど身軽で、その時に心地いい場所を拠点にして、そこで人間らしい営みにクローズアップする。それが私の、“泊まるように暮らす”の解釈です。
yado's pick up item #1
この家のために有田の辻精磁社とともに作った食器「Hakuji」(4,300円/税別〜)。
日本家屋の暗さを際立たせたいと、照明は最小限にしたというシラコノイエでこの白い食器を使うと、食材が浮き上がり、食卓が神聖なものに感じられるんだとか。曲線が特徴的なフォルムは、宇宙の根源的な形“フラワー・オブ・ライフ”に由来。「暗いと食に集中ができて感性が高まるので、ときには照明を落として夕食を楽しむのもお勧めです」。
yado's pick up item #2
大田さんが10年以上前から愛用しているという、松栄堂のお香「白川」。
シラコノイエでも東京の家でも、朝にこのお香を炊くのが習慣だそう。「自分を象徴する香りを持つと、いつでも調和の取れた自分に戻ることができます」。
創造の世界にときめく東京と、自然のリズムに沿って暮らす千葉。大田さんが選んだ二拠点生活は、場所に合わせてチューニングするように、心と体のバランスを整えてくれます。俯瞰する目で自分の暮らしを見つめ直す。どんな環境でどんな暮らしをしていても、その視点こそが、豊かさを育んでくれるのかもしれません。
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Self Photo7
大田由香梨が撮る旅と暮らしの一コマ
Editor’s Voice
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千葉の豊かな農村風景に佇む、立派な長屋門。そこが大田さんらが暮らすシラコノイエでした。堂々とした構えの古民家は、聞けば代々、庄屋が暮らしていたのだといいます。内部は典型的な房総の農家の間取り。迷路のように座敷が連なり、大田さんはその一つ一つに趣向を凝らしています。聞こえるのは、鳥の声や風の音。静かに瞑想をしたくなる。そんな静謐な空気が流れる家でした。
Wakako Miyake(Writer)
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シラコノイエは「余白」に満ちた空間だった。ファッション業界出身の大田さんから想像するに意外だったが、装飾品がほとんどない。だからだろうか。印象に残っているのは、家のあれこれというより、大田さんが淹れてくださった美味しいお茶を飲みながら眺めた庭の景色。そして頭と心に余白が満ちていくような感覚だった。新たに着飾るのではなく、変わらずそこにあるものと丁寧に向き合う。シンプルな思考の変化から、豊かな暮らしは始まるのかもしれない。
Chiaki Miyazawa(yado)
Staff Credit
Written by Wakako Miyake
Photographed by Eichi Tano
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Information
シラコノイエ
大田由香梨さんが、建築家、隈研吾さんとともに改修を進めてきた、築180年の古民家「シラコノイエ」。
Instagramでは、季節と共に移り変わる、美しいシラコノイエの風景をお楽しみいただけます。