Interview
Issue : 17
BYOKAデザイナー・松田陽子|日常のなかに、非日常の機微を探す
軽井沢で暮らす、松田陽子さんのご自宅を取材。ホテルから得たインスピレーションを家づくりに落とし込むなど、共に建築出身というご夫婦ならではの工夫をはじめ、“日々旅をしているような”暮らしのあり方についてお話を伺いました。
Profile
松田陽子
石川県金沢市出身。ミニマルなデザインが人気のハンドメイドジュエリーブランド「BYOKA」のディレクターを務める。2022年に東京から軽井沢へ移住。インテリアやファッションなど、洗練されたライフスタイルに憧れるファンも多い。
建築出身の夫婦による軽井沢での新生活
3月の中旬、緑が芽吹くすこし前。朝はまだまだ寒いが、すでに雪はほとんどない。そんな季節の変わり目に、Transparentの透明のスピーカーから流れる音楽、FRAMAの甘いキャンドルの香り、柔らかな早春の日差しーー。
こんなにも居心地のいい静謐な空間で暮らす松田さんは、ミニマルながらも優しい曲線と小さなきらめきが美しいハンドメイドジュエリーブランド「BYOKA」のディレクターを務め、パートナーである三田さんとともに、手の届く範囲で大切にブランドを育てている。今でも商品のデザイン・販売はもちろん、発送・商談・POP UPにいたるまでブランドのすべてを二人だけで行っている。
もともと都内にあったフレンチテイストの賃貸を事務所兼自宅としてきたが、商品在庫によって手狭になったことから引っ越しを決意。東京にもすぐ来られる距離にありながら自然に囲まれたリゾート地でもある軽井沢で、またとない土地を見つけたという。
高校で建築やインテリアを学んだ松田さんと、建築構造が専門だった三田さん。松田さんの描く暮らしのイメージを構造や費用面などから三田さんが具現化していく。「BYOKA」でもクリエイションとそれ以外をうまく分担しているという二人の相性はやはりぴったりで、建築会社との入念なやりとりを繰り返して生まれたのが、機能的でありながら無駄のないこの美しい空間だった。
ホテルの心地よさを具体的に家づくりに落とし込む
印象的なのが、軽井沢の四季を最大限楽しむためにリビングの壁一面に設けられた大きな窓。遮熱のためのトリプルガラスには高さの制限があったが、全面をガラスにすることを優先し、天高を窓ガラスにあわせた。インテリアの重心を全体的に低くすれば、部屋全体に開放感を残すことができる。床はすべてシームレスなモルタルにして、カーテンはせず、窓際で自然光を楽しむ。床には草木の影が反射する。
パリのカフェスタイルをイメージしたというカウンターキッチンの壁面には、耐火性の基準をクリアしつつ部屋の印象を崩さないよう、モールテックスという珍しい素材を選んだ。厳しい冬の寒さにも耐えられるパッシブエアコンを床下に設置し、暖房機器もスッキリとさせた。生活感が出てしまう給湯パネルやインターフォンは、専用の扉や壁面の溝を利用して自然と隠している。機能性でありながらデザイン性をあきらめない工夫があちこちにある。
面白いのが、旅先のホテルで得られたインスピレーションをかなり具体的に家づくりに落とし込んでいること。たとえば、ゲストルームにある階段のような段差やベンチ収納の高さ、引き戸の印象など、随所に「アマン東京」らしさが垣間見える。マットレスより横にはみ出した低いベットフレームは、地元金沢にできたホテル「香林居」からインスピレーションを受けて、この家のために造作したものだ。
「『アマン東京』は他のホテルとは次元が違うように感じます。居心地が良くて静かで、いくらでもいられる。この自宅にも通ずる分は多く、かなり影響を受けています」
家づくりの期間中は肌身離さずメジャーを持ち、ホテルに限らず居心地のいい場所があればサイズを測っていたほどの徹底っぷり。ちょっとしたサイズのずれが、完成後の違和感につながることも多い。だからこそ、こだわりたい空間や家具は綿密にサイズを測って決めたのだという。
シンプルでありながら、個性の光るインテリアたち
インテリア選びで意識したのは色のトーンだ。ブランドのビジュアル撮影を自宅でしていることもあり、全体的に明るい印象にしつつも、真っ白だと汚れも目立つし綺麗すぎて落ち着かない。そこで、ベージュを中心に白に近い色をたくさん使った。ベッドカバーも薄いピンク。そこに、差し色としてのブラックを少しずつ取り入れている。
「これまで気になったものはなんでも買っていましたが、今の家ではどうしても邪魔になるので、かなり吟味しています。ただかわいいだけじゃなくて、本当に必要なのか。毎日使うものだからこそシンプルで飽きない、どんなテイストにも合うもの。それでいて、個性の光るものが好きですね」
アントワープのインテリアスタジオ「STUDIO CORKINHO」やコペンハーゲンのプロダクトブランド「LOUISE ROE」など、世界中の洗練されたブランドを日頃から見ていて、年齢を重ねてより心地良いものを優先して選ぶようにもなったという。
それでも、気がつけば増えてしまうお気に入りのインテリアやオブジェ。優先度の下がったものはトイレやウォーク・イン・クローゼットなどのあまり目に触れない場所へと移動し、自宅全体で配置を調整して部屋全体のミニマルさを維持するという工夫。旅先で買った本も見せたくないものは倉庫に片付け、アートブックなどはインテリアとしてゲストルームに飾る。見せるものと隠すものをつねに調整しながら、家全体でインテリアをうまく活用しているのだ。
日常のなかで琴線に触れられるような環境を
この家に来てから、朝は少し遅めに起きて、リビングのテーブルでコーヒを飲みながら作業をする。仕事をして、昼になれば料理をして、食事が終わればまたゆるやかに作業に戻る。窓の外が真っ暗になる夜は、ソファーでゆっくりと自由な時間を楽しみ、お風呂と睡眠をしっかりとる。そんな無理のない生活が定着したという。
もともと自然にあまり興味がなかったという松田さんも、刻々と変わりゆく自然の美しさに日々感動するようになった。車が通らない数分間、自然の音だけが聞こえる、自分しか世界に存在しないかのような時間。この場所でしか得られない暮らしにとても満足しているため、二人とも東京へ戻ることを今は想像できないらしい。
「軽井沢には外から移住してきた方も多く、毎日いろんな人との出会いがあります。自宅がホテルのように快適なこともあって、日々旅をしているような気分。仕事のついでに旅行に行くことも多いですが、それはむしろ“軽井沢以外の時間を楽しむ”ような感覚で、普段の生活ともあまり変わらない気もします」
そんな松田さんにとって、“泊まるように暮らす”とは、どんな感覚だろう。
「生活の中で感じる非日常性、それは決して珍しいことでなくて、日の落ちる瞬間のグラデーションや星空、日差しといったなんでもない光景に心を動かされる暮らしではないでしょうか。旅先での特別な時間、琴線に触れるような環境を日常に落とし込みながら生活することで、日々はよりゆたかになるはずです」
かつてフランスに単身3カ月住んでいたこともあって、これまで何度もライフスタイルの変化を重ねてきた松田さん。現在の自宅の完成度はかなり高いというが、それでも今後もなだらかな変化を受け入れながら暮らしていきたいという。現在も5月に向けて、自宅の一部を店舗兼ギャラリーとして開放すべく、改修を始めている。オープンすれば、週末だけは店舗に立つそうだ。
軽井沢に来てはじめての冬を超えて、これから始まる新しい季節。生活導線や暮らし方を想像しながら、できるだけ違和感となる要素を省き、心地よさを追求した空間。日々の非日常的な機微を発見できるくらいにはシンプルで、それでいてなお洗練された本当に必要な家具と生活用品。
これから家づくりをしたいという方も、自宅のインテリアやコーディネートに悩んでいるという方も、この場所ならではの空気感をまとってゆるやかに変化し続ける松田さん夫婦の暮らしから日々に取り入れられる学びは少なくないはずだ。
yado's pick up item-1
自宅に置きたくなるものがなかったことから松田さんがつくったBYOKAのティッシュケース。あまり見かけないハーフサイズのシンプルなデザインと、ジュエリーブランドらしい真鍮のふたの相性が美しい。
yado's pick up item-2
ロンドンのデザイナーMartino Gamperによる、まるで彫刻のように美しいソルト&ペッパーグラインダー。しまっておきたくなるキッチン小物も、Martino Gamperの手にかかれば卓上に飾りたくなるものに。
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Self Photo3
松田陽子が撮る暮らしの1コマ
Editor’s Voice
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足元に射した光がゆらゆらと動いている。光を追うように窓の外に目を向けると、小鳥が一羽跳ねている。この家にいるとよそ者である自分まで、つられて感覚が研ぎ澄まされているということに気がついた。軽井沢が二拠点などで近年注目されるよりずっと前にこの地に巡り合った二人の日々は、土地に馴染んでしっとり美しい。もの選びや意匠もさることながら、都市に生きる人々に知らず知らずのうちに絡みつく何かがポロリと抜け落ちたような、根源的な生活の在り方に、強く感銘を受けた。
Rie Kimoto (yado)
Staff Credit
Written by Takahiro Sumita
Photographed by Eichi Tano