Trip
Issue : 15
Entô | 地球に触れる宿であたらしい自分に出会う理由
隠岐諸島の玄関口に佇み私たちの目を奪う「Entô(エントウ)」。置くものを最低限に絞り自然と呼応する空間を作り上げつつも、心地よい緊張感と共に自分に向き合う柔らかな時間を与えてくれる、この不思議なホテルの魅力を探り、家づくりに通づるヒントを紐解きます。
日本海に浮かぶ、泊まれるジオパーク
東京から飛行機や船を乗り継いで、やっと辿り着いたEntôは、大小180の島が連なる隠岐諸島にあります。ここは、「ユネスコ世界ジオパーク」に認定された島の、泊まれる拠点施設。島の玄関口で船を迎える建築の佇まいは一際モダンながらも土地に馴染んで美しく、間も無く降り立つ島への期待がふくらみます。
設計は、MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO(マウント フジ アーキテクツ スタジオ / 原田真宏+原田麻魚)。完全な目隠しを敢えてしないプライベートテラスや、たっぷりと長く広い廊下など、思いきった空間構成の根底には「シームレス」という言葉が常にあったといいます。
部屋の扉を開けた瞬間、信じられない海の景色が広がります。あまりにも大きく長く伸びる窓の外にはシームレスな海。海の奥に潜む山には日の光が差しては消えていきます。大小さまざまな船が往来し、その隙間を海鳥が低空飛行する。借景の最上級と言われても頷く圧倒的な空間です。
地球の最果てのような、それでいて世界のまんなかのような
島に繰り出せば火山の噴火の名残を直に感じる岩壁や、夕焼けでほんのりピンクに色づく波、深い森。フェリーで15分ほどの西之島では、400年以上も前から存在していたといわれる牧畑制度が今も引き継がれ、牛や馬が自由に山を練り歩きます。
垂直に反り立つ海抜257mの摩天崖(まてんがい)を前に立ち尽くせば、自分がいまどこにいるのかという感覚がほぐれて、まるで地球の最果てにいるような、それでいて最も信頼できる世界の真ん中にいるような、不思議な気持ちに包まれます。
ホテルに戻れば、46億年も前の出来事から地球を学べるジオラウンジや自然との距離が思わず縮まるセレクトの光る図書館、島のことを学びながら歩くEntô walkなど、ここには島でのリアルな体験を通して地球を学ぶきっかけの扉が散りばめられています。
木を中心に形作られた潔い空間が自然と連なって、つい深呼吸してしまうような魅力的な空気の漂うEntô。ここからはそんなEntôの空間づくりから学べる、暮らしのヒントをご紹介します。
あえて非効率な間合いをとる
階段の幅が広い。廊下から美しい景色が見える。ゆとりのありすぎる共用部。このホテルには売上を産まない贅沢な空間がたくさんありますが、これはさまざまな葛藤を乗り越えて意図的に設けられたもの。一見非効率なこの独特の間合いの数々が、この場所に圧倒的な豊かさと、自然とつながる彩りを与えているのです。
「玄関にものを置かないスペースをとってみる」「旅先で買い集めた小物を飾るためだけの場所を作る」。家づくりでもそんなふうに勇気を持って、意味はないけれど心地よい非効率な空間を設けてみると、毎日がよりよく変わりそう。
本棚は自分の感覚を写す鏡
海士町には「島まるごと図書館構想」というものがあり、島中に本棚が点在。好きなところで借りて、返すことができるのですが、Entôもそのひとつ。共用部の大きな本棚には読みきれないほどたくさんの本が並びます。読む本の数だけ人生は豊かになると揃えられた本は、ここを訪れる人のことを考え選書されていて、背表紙を目で追うだけでも心躍ります。
同じように家に本を置くことも、自分のアンテナの視覚化だといいます。読みきれない「積ん読(つんどく)」でもよいので、今の自分を色濃く写す鏡としての大きな本棚を、家に備えてみるのはいかがでしょうか。
食、おもてなし、しつらえ
Entôでは泊まるという体験を「食、おもてなし、しつらえ」の3つに分解して捉えているのだといいます。その中でも印象に残ったのが「しつらえ」について。しつらえとは「室礼」であり、いわば過ごす室内の礼節のようなもの。それは、物理的な内装だけでなく、音の聞こえかた、時間の流れかたなどをも含みます。
野生の動物とは異なる、人としての知性や佇まいといったものが無意識に自然と携えられるような場所をと考えられたこの場所では、本のほかは最低限のものしか置かれていません。そんな整然とした空間は一見不便そうにも思われますが、そんな部屋でただただ海をみていると、神社や教会を訪れたときのようなピンと透きとおった気持ちになるのです。泊まるように暮らすとは、ゆるむ中でも適度な緊張感を持ち、そういった人間的な佇まいを意識することなのかもしれません。
yado's pick up item #1
そんなEntôの空間と一体となるインテリアの数々から、実際に購入ができるものをふたつ伺いました。一つ目はハンドルと蓋が一体型で、折ってコンパクトにまとめることのできるコーヒーミル。収納場所を問わない小ささが魅力。木で覆われた室内に馴染むシンプルな佇まいには、部屋に置きっぱなしでも嫌にならない美しさがあります。
yado's pick up item #2
インテリアに心地よいアクセントを加えてくれるスリムなフォルムが特徴のカラフェ。フタはシリコンリング付きでしっかり密閉でき、耐熱ガラス製のため、お手入れも簡単です。
ホテルの名前であるEntôは、漢字で「遠島」と書くのだそう。文字通り「遥か彼方、遠く離れた島」を意味するこの場所では、自分さえも日常から遠く離れた静謐な存在に生まれ変わる不思議を味わえます。そんなあたらしい自分に出会える空間のヒントは、「効率」や「便利」と一拍の距離をとった、思いきりなのかもしれません。
Editor’s Voice
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「旅は、祈りである」。Entôを手がける青山敦士さんから聞いたこの一言が、忘れられない。海一面の借景に目を奪われるこの素晴らしい場所を企てた彼は、以前ホテルの起源について調べたことがあったのだそう。そこで彼が行き着いたのが、お伊勢参り、聖地巡礼など、寺社仏閣や教会を巡る宗教行事先で、泊まるところが必要だったことが始まりなのではないかという説だ。人は祈るために旅をして、行く先々で夜を明かす。そういえば、四六時中旅をしながら働く私にとっての旅にも、祈りのような側面があると感じた。旅が、そして旅と地続きの暮らしそのものが、より一層愛しくなる美しい言葉だった。
Rie Kimoto (yado)
Staff Credit
Written & Photographed by Rie Kimoto (yado)
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Hotel Information