Trip
Issue : 06
mui たびと風のうつわ|内なる好奇心にそって、心地よい自分と出会う場所
日本中の宿から“泊まるように暮らす”ヒントを紐解く本連載。
第二弾は、自然と文化の豊かな沖縄南城市の百名という集落のはずれにある、旅と暮らしをゆるやかにつなぐ宿「mui たびと風のうつわ」を訪れました。
土壁に囲まれた、自然と曖昧につながる空間
この日訪れたのは、沖縄南城市の百名 (ひゃくな) という海辺の集落のはずれに、2021年夫婦でオープンした「mui たびと風のうつわ」 (以後mui) 。
百名は沖縄の稲作の発祥の地と呼ばれ、地域の人が何百年ものあいだ、大切に守ってきた歴史と文化が残る場所。そんな自然と文化の豊かな海辺の集落に、生い茂る植物の中にポツンと佇んでいるのが、muiです。
灯るランプに吸い寄せられるように植物のトンネルをくぐると、存在感を放つ印象的な色合いの土壁。重い扉を開くと、開放的なレセプションスペースと、天井の高さに合わせてつくったという5mの高さのあるガラス戸が現れます。
窓には広い空が広がり、差し込む光によって、壁に美しい影が浮かびあがります。そこに生きる自然の動きが目にとまるのは、漆喰で表現される土壁に囲まれたある種閉じられた空間だからこそ。
この宿の名前、mui たびと風のうつわ。
「mui」は、中国の古典にある「無為自然」からとってきたもの。“作為なく自ずと然る”という意味で、自ずと湧き起こる心の動きや行動に身を委ねられる場所にしたいという、オーナーの思いが込められています。
「たび」とは、そこに集う人のこと。「風」とは、この土地に吹く風と大地の手ざわりのこと。そして「うつわ」とは、空間そのもののことを指し、訪れたさまざまな旅人が、地域の魅力と、それぞれの心地よい過ごし方を盛り付けて楽しむ場所になっています。
だからこそmuiの建築は、外と中、自然と人工物、宿と住居、暮らしと旅など、占有と共有それぞれが曖昧なつくりをしていて、それぞれが心地よい過ごし方を自分自身でアレンジできる余白があるのです。
muiの客室は全部で4室。ルームナンバーもなく、土壁の中に木の扉がひっそりと隠れているようなつくりが印象的。どの部屋にも大きな窓があり、まるで外とつながっているような、自然との心地よい距離感を味わえる作りになっています。
1階には、ゆったりと真ん中に置かれたひとりがけの椅子と、家族で食事を楽しむのに十分なサイズのダイニングテーブル。
2階へあがると、階段のすぐそばにはなんと、存在感のある黒いお風呂が登場。天井には大きな天窓が構えられ、朝には青い空と雲の景色が、夜には星が広がります。
記憶に残るこのお風呂は、「あえて違和感を生むことで面白がってもらいたい」というオーナーのはからいが詰まっています。お風呂とベッドに仕切りをもたらすのは、1枚のカーテンだけ。
朝起きたら衝動的にお風呂に飛び込みたくなってしまう。そんな感情が沸きたつような設計も、オーナーが無為自然の思いを込めたからならでは。
ここからは、そんなmuiのオーナーの思いに学ぶ、暮らしのヒントを紹介します。
曖昧で心地のいい距離感をたのしむ
生活する場と自然の距離が、遠くもなく、近すぎてもいない。muiは、オーナー自身が感じる、“距離感の心地よさ”を表現した、外と中がゆるやかにつながっている場所になりました。
たとえばエントランスを入ると、広がっているのは、ここは宿なのか、カフェなのか、ギャラリーなのか分からないくらいに曖昧な空間。そこにあったのは事務的なチェックインからはじまるのではない、時間がゆったりと流れ始めるような、不思議な感覚。深呼吸をしてコーヒーの香りを感じて、丁寧に置かれた器を手に取りながら、オーナーとの会話を楽しむ。人や場所との間にある、距離の曖昧な心地よさを感じられる場所でした。
共有スペースにあるオブジェのようなものは、実は積み重なった椅子。最初はひとつでしたが、ゲスト一人ひとりが好きな場所に持っていけるようにと数を増やしていったそう。夜になれば、ゲストがお酒や食事を持って暖炉のそばに集い、宿全体がまるでひとつの部屋のようにつながりあうのです。
ゲストなのか、訪問客なのか、オーナーなのか。その境界線も曖昧に、自然と交流が生まれる“程よい距離感”の心地よさ。
たとえば家だって、部屋の間に仕切りはいらないかもしれないし、定位置のない椅子があってもいいものです。
湧き上がる好奇心にしたがってみる
muiを始める前のオーナーは、会社員生活で忙しい日々を送っていたそう。外側の情報に覆い尽くされ、内なる衝動の見えづらさを体験していました。そんな状態に気づかせてくれたのが、旅という存在。
旅では、とめどなく好奇心が湧くもの。食べたい、見たい、行ってみたい。見たことのない料理や行ったことのない景色、普段は触れ合えない現地の人たち。旅のなかで偶然生まれる時間には、そんな衝動みたいなものが隣り合わせに生じていました。
今の時代にはきっと、旅のような自分の感覚を取り戻す場所が必要。そうして、この「無為自然」をコンセプトにしたこの場所が生まれたのです。
建物を建てるときにも「こっちの方がいい気がする」「こっちの方がワクワクする」という気持ちに素直に、湧き上がる好奇心にしたがうことを大切にしてきたそう。
高さ5mのガラス戸も、それぞれに独立した客室も、虫や動物と共存するような建物のつくりも、宿を運営する上での“効率”とは正反対に存在する選択。それでもそれを選んだのは、利便性よりも自分の内なる好奇心を大切にしたから。同時にそれは、来る人たちが思わず触れたくなる、撮りたくなる、気になって考えてしまう、そんな感性を刺激する場になっているのです。
さらに、muiに飾られている絵を描いているイラストレーターや、朝食に出るソーセージやコーヒーのつくり手は、オーナーが沖縄で出会ったというご友人。偶然出会い、思いでつながった人たちと集い、muiの場所をみんなで作り上げて、今があります。
効率や利便性だけじゃなく、好奇心で選んだものたちには愛着が湧くし、自分らしさも出るものです。語れる思い出も、つながりだって増えていくのです。
yado's pick up item-1
muiの空間のなかで、今回注目したアイテムの1つ目は「arflex」のレザーチェア「ELSA(エルザ)」。
実はこの椅子も、オーナーがひょんなことから作り手である大城 健作さんと出会い、選ばれたもの。座った瞬間に、姿勢も視線も決まってしまうソファではなく、あえてひとり掛けの椅子を置いたのは、どの姿勢で座っても、体が心地よくおさまり、ぐるりと回転して外を眺められるから。朝には陽の光を感じながら読書を楽しみ、夜には星を眺めながらお酒を楽しむ。家の中心に、自分の意図を持ったとっておきのインテリアを置くことで、理想の暮らし方を叶える空間をつくることができるのです。
yado's pick up item-2
2つ目は、オーナーと同時期に沖縄に移住されたという、中村桜士・ナカムラサトミさんご夫婦が手がける「nakamurakenoshigoto」の器。
客室の中央にある食器棚にずらりと並び、自由に使えるようになっているのは、「いい器に触れると、自然に料理を楽しみたくなる」というオーナーの粋なはからいから。「自分だったらどう使おうか?」そんな思考が生まれるキッカケになる点も、器を揃える魅力かもしれません。yado編集部では滞在中、庭でつんだ花を生けて楽しみました。
自ずと湧き上がる衝動に従ってみること。そして、自身が心地よいと思える距離感に合わせて、物や空間づくりの配置を工夫して遊んでみること。そんな好奇心が、自分らしい暮らしを後押ししてくれるのかもしれません。
Editor’s Voice
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大学の時から中国哲学を学んでいたというオーナー。その後、会社員生活の中で感じていた違和感や息苦しさと、旅の時にありありと感じる自分の内なる衝動、“その瞬間にしか存在しない自分” の意識や感覚。それらの体験の点が線となって、「無為自然」というコンセプトを宿したmuiは、オーナーの人生から生み出された作品のよう。是非とも現地に行って、土地の空気、建築の佇まい、そしてオーナーの雰囲気に触れてほしい。
Maya Mizuta (writer)
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慎重な私の旅は事前の計画通りに沿って進むことが多い。でもmuiで過ごした時間はいい意味で予想外に満ちていた。たとえば朝起きて、窓の外に広がる自然を眺め、その先に続く景色を見たいという衝動にかられる。朝食まで時間がないのにgoogle mapも開かず海までただ歩いてみる。他愛もない話がしたくなってオーナーのいるロビーまで足を運ぶなど。普段とは違う行動をする自分に出会い、そんな自分が好きだと気づいた旅だった。自分探しの旅というとハードルが高いけれど、実はキッカケをくれる“ひとつの宿への滞在”だって十分なのかもしれない。
Chiaki Miyazawa (yado)
Staff Credit
Written by Maya Mizuta
Photographed by Kazumasa Harada
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