Trip

Issue : 50

ACRE|メキシコ・ロスカボスの砂漠地帯に広がるオアシス。密林のツリーハウスで見つけた地球と対面する時間

メキシコ西部、全長1250kmに広がるバハ・カリフォルニア半島。その最南端にあるロスカボスは、北米大陸でも随一のSDGs先進エリアだ。なかでも世界中の環境保護活動家やセレブリティに注目されているのが、ロスカボスを構成する街のひとつ、サンホセ・デル・カボ麓に広がる宿泊施設「ACRE(アクレ)」。25エーカーという広大な敷地では植物、生物、食材が循環される独自の仕組みが導入され、サステナブルなホテルとして多くの人が魂の休暇に訪れている。

ツリーハウスから見渡す、生命の躍動

太平洋と世界遺産の​​カリフォルニア湾(別名コルテス海)が交わり、北米最南端に位置するロスカボス。日本から直行便でメキシコシティかロサンゼルスに向かい、そこから乗り継ぎでロスカボス国際空港(SJD)まで約2時間。

メキシコを代表するリゾート地・ロスカボスに降り立つと、年間350日以上も晴天が続くという最高の気候が私たちを迎えてくれた。

このエリアでは多様なリゾートホテルが数多く建つものの、広大な密林のツリーハウスに滞在できるという「ACRE」は、なかでも群を抜いた存在だ。

敷地内には土地特有の多肉植物が生い茂り、チェックインから胸が高鳴る。

 

北回帰線上に位置するため、ほぼ雨の日がないという気候を象徴するかのように、ホテルのロビーは野外である。待っている間、360度どこを見てもエネルギーに満ちた植物に囲まれ、ドラマチックな旅の始まりに陶酔していった。

ヤシの木が生い茂る密林をどんどん進むと、突然現れるのが今回の宿泊場所となるツリーハウスだ。近くに寄るまで植物で隠れているため、秘密基地のような建物が急に出現すると多くの人が感嘆の声をあげる。

13棟あるツリーハウスは、メキシコや中南米に自生する「パロデアルコ」という植物でつくられていた。部屋には仕切るものがなく、キングサイズのベッドが置かれているのみ。

この潔さこそ、大自然をまるごと体感するのにふさわしい、考え抜かれた空間設計だ。ゴロンと横になれば、窓から野生的な光景がただただ果てしなく広がっている。

ベッドにさりげなく置かれていたアイテムに、再び胸がときめいた。バードウォッチングを楽しむための双眼鏡と、このエリアで出会う鳥が記された冊子がある。

撮影中もさまざまな野鳥がツリーハウスを訪れ、しきりに美しい声を聞かせてくれた。

 

子どもの頃、映画で夢見たような光景がリアルに展開していくため、まるで心が追いつかない。

プリミティブな世界を引き立たせるミニマムな空間

オープンエアなツリーハウスに置かれるのは、宿泊に必要な最小限のアイテムに徹している。テラスのウッドチェア、小型冷蔵庫、野外シャワー、蚊帳、そしてインターネット環境。

これだけで、砂漠のなかのオアシスライフを快適に満喫できる。外と完全に遮断されていないバランスがいい。

なかでも目を惹くのが、ウッドデッキに備えられた屋外シャワーだ。天井はなく、見上げると清々しい空が広がっている。

目隠しとしてパロデアルコで囲われただけの原始的な造り。簡素であればあるほど、ここでは自然と一体化できる感覚に近づく。

太陽の光を浴びながら、もしくは満点の星空を眺めながらシャワーを浴びる心地よさを何度も実感してほしい。体を開放することは、心も開放することなのだと、身をもって学べる瞬間だ。

心身を投げ出せる清潔なシーツ、環境に負担をかけないアメニティ、デッキで語らうためのドリンクを冷やせる冷蔵庫。

できるだけミニマムな環境で、何があれば快適に過ごせるのか。

そんな視点で考え抜かれた道具のみが置かれたツリーハウスは、このうえない豊かさと快適性であふれていた。

ワイルドな自然とつながる魔法を知ってほしい

  • 25エーカーの敷地内には野菜やハーブを育てる有機農場や果樹園も広がる。

ツリーハウスをつくることはオーナーの長年の夢だったそうだ。カナダ人であるオーナーは休暇のためにロスカボスを訪れ、ヤシの木が生い茂るこの土地に魅了されたという。肥沃な土壌で多くの植物が自生し、これこそ砂漠のなかのオアシスだと感動した。

とはいえ、用意されているのはワイルドな大自然だけではない。宿泊客だけが利用できるインフィニティスタイルのプールといった、リゾートにふさわしい娯楽もぬかりない。

 

魅力的な砂漠の光景に包まれながら、視界を遮るものがないプールサイドでカクテルと小説を楽しみ、昼寝へと誘われるアフタヌーンリフレッシュこそロスカボスの旅の醍醐味である。

また、施設内のレストランについても言及したい。2015年に誕生した「ACRE」のコンセプトは「Farm to Table」だ。これは直訳すると「農場から食卓へ」。

2010年代にアメリカ西海岸を中心に広まった、食に対する考え方のひとつである。

  • 「Farm to Table」のコンセプト通り、農場直送の料理を堪能できる。

  • レストランでは虫除けに畑で詰んできたローズマリーを焚く。自宅でもぜひ試してみたい。

生産者と消費者が物理的に近い距離にあり、サステナブルな食材を地産地消できるという新たな食の潮流だ。

長年耕作された土壌が敷地内にあることから、「ACRE」のレストランではFarm to Tableを可能にする。

 

宿泊施設の隣に広がる有機農場から直送される新鮮な食材は、ユネスコ無形文化遺産に代表されるメキシコの伝統料理をベースに、現代的なエッセンスが加わった創作料理として食卓に並ぶ。

ジャングルの傍らに出現したようなバーの設計にも心が躍る。

ちなみに、「ACRE」のレストランは、2024年5月に公開されたミシュランガイド初のメキシコ版で「ミシュラン グリーンスター」を獲得。食の生産から消費、調理法、レストランの経営方針に至るまで、地域環境と密接に結びついていることが評価されたのだ。

 

畑から採れたての食材が運ばれるレストランは、まさに生命のハブ。朝昼晩を通して、非常にエキサイティングな場となっていた。

保護犬が健やかに暮らせる唯一無二の宿

さらに、「ACRE」が世界中から注目されている理由のひとつに、保護犬との関わりが挙げられる。

ロスカボスで保護された野犬を穏やかな環境で生活させるためのエリアが設けられているのだ。

どの犬も美しい毛並みを保ち、いかにここで健やかに暮らせているかが容易にわかる。滞在するゲストは保護犬と交流することが可能なため、子供たちが楽しそうに犬を抱っこする姿が印象的だった。

ただし、保護犬にストレスがない環境を徹底しているため、時間や人数制限はしっかり約束されている。

 

動物の立場で考えられたこのサステナブルな取り組みは、今や各地で評価され、野良犬を減らすロールモデルとして多くの企業や団体が視察に訪れている。

犬の里親を申し出るゲストも多く、条件が揃えば譲渡も成立する。ここからメキシコ国内やアメリカ、カナダへ引き取られた犬も多い。

また、循環型施設として評価されているのが、宿の商品を購入すると売り上げの10%が犬の医療費や維持費として寄付される点だ。

犬と直に触れ合えるぶん、自分が購入したものでサポートができるのは、幸せの循環に入れてもらえたようでうれしい。

自宅に取り入れたいサステナブル建築のノウハウ

最後に「ACRE」で発見した、自宅に取り入れたいポイントを伝えたい。

美しさに感動したのは、面と線の使い方である。ツリーハウスの奥にある1棟貸しヴィラでは、手仕事の土壁と計算された植栽が印象的だった。

周囲は野生の密林が広がるため、人の手が入った壁や庭といった「遮るもの」がことさら印象的に映るのだ。

そんな誰もが目につく部分に、現地調達した天然資材を用いることは、見る側に深い考察を与えてくれる。

これまでの“名建築”なるものは、唯一無二の造形美や最先端の技術や構造で評価されることが大半だった。しかし、昨今ではサステナブルな要素こそ、建築の新たな判断材料として成り立っている。

「ACRE」では付近で採れた粘土や砂を建材として取り入れ、資材はほとんどが現地調達だ。運送するときに発生する二酸化炭素や作業時間も大きく節約できるうえ、周囲の環境に負担をかけない。

解体時には土へ還るサイクルも確立されていることから、将来的にエネルギー消費を抑えたオペレーションも実現するはず。

 

メキシコのロスカボスで出会った「ACRE」は、人間を生命の循環に巧みに巻き込んでくれるサステナブルなホテルだった。

自分の選択のひとつずつに意味があることを知り、新たな可能性に触れられる稀有な場所である。

Staff Credit

Written by Tokiko Nitta

Photographed by Miho Kakuta

 

協力:ロスカボス観光局

https://www.visitloscabos.travel/discover-los-cabos-for-japan/

  • Hotel Information

    ACRE

    住所:Calle Rincón de las Animas S/N, Animas Bajas, San José del Cabo, BCS, C.P. 23407 Mexico

    +52 624 172 1021

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