Trip
Issue : 47
定山渓 椿邸|もし別邸を持つなら? そんな答えが見えてくる、北海道・定山渓温泉街に佇む新たな民泊のあり方
札幌中心部から車で約50分。定山渓は札幌市内にありながら深い原生林に包まれ、多種多様な動植物が息づくエリアだ。支笏洞爺国立公園に指定され、昔から登山やスキーが楽しめる。里山の真ん中には青く澄んだ豊平川が流れ、ウォーターアクティビティに勤しむ人も多い。開湯155余年の湯処も広がる定山渓に、新たな民泊ができたことで、別荘のあり方を今一度考えさせられた。
沸々懇々と湧き出す名湯で発展した北の都・定山渓
北海道を代表する温泉地、定山渓。今から遡ること150年前、修行僧の美泉定山がアイヌ民族の案内で源泉を発見したことから始まった湯処だ。明治、大正、昭和と、日本が大きく変貌を遂げた時代から先人が守ってきた温泉は、今も山岳地帯で美しい四季に包まれ、私たちに癒しを提供してくれる。
定山渓の真ん中を流れる豊平川に掛かる、シンボリックな二見吊橋。その付近には80℃を越す高温源泉が湧き、ちょうどいい温度に緩和された足湯が自由に楽しめる。
多くの日帰り温泉とサウナが楽しめる街なかでは、浴衣で行き交う人々の姿がいい顔をしている。ツヤツヤと頬を蒸気させて、次なる目当ての温泉やサウナへ向かう。
40人も入れる大型サウナから、山岳が見渡せるサウナ、高音の熱燗サウナなど、多くの整えスポットが点在するのが、この場所の魅力である。
代々受け継がれてきた別荘
そんな定山渓には、さまざまな人に受け継がれてきた邸宅がある。
2023年にオープンした「椿邸」は、数ある別荘のなかでも特殊な存在だ。
ある夫婦が趣味を楽しみ、リフレッシュするために建てられた別荘を、もっと多くの人に楽しんでもらおうと改装を加えて開放した建物である。
380平米の広大な敷地には、母屋の他に3つの離れがあり、各部屋の窓からは緑豊かな庭が広がっていた。季節によって表情を変える北海道の植物に常に触れられる。
2名ずつ宿泊できる離れは、一番奥の部屋だけ子供用の二段ベッドも設置。母屋と離れを合わせると、なんと12名貸切で宿泊できる広さだ。
自分の別荘をシミュレーションできる、椿邸の魅力
夜がふけてきたら、まずは庭に出てみよう。星を眺めながら、動物の鳴き声に耳を傾けながら、ゆっくりと火を起こしたい。
頭上には遮るものが何もなく、さすが道内の星空は圧巻である。薪が用意されているので、地酒を飲みながら焚き火を囲みたい。
いつの間にか日が暮れて、リビングから穏やかな灯りが漏れているのに気づく。北海道の冷たく澄んだ空気のなか、温もりとなる光や炎。
ただそれだけで、何も縛られない解放感を知る。まさに、旅の醍醐味である。
体が冷えたら、リビング奥にあるロウリュサウナへ直行。
決して大きくはないが、こじんまりした広さのサウナ空間はメディテーションするのにもってこいだ。一人でゆっくり瞑想したり、3〜4人で談笑するのもいい。
この閉ざされた空間こそ、旅する者同士をグッと親密にさせる狭さであり、プライベートなことをつい打ち明けたくなる狭さなのだ。
「自分が別荘を持つなら、こんな大きさがいい」「やっぱり全面ヒノキがいい」「外気浴できるスペースも欲しい」などなど、想像も広がる。
趣味が詰まったリビングでゆっくり過ごすこと
さて、火照った体は、しばしリビングで休息。広々としたリビングには、椿邸の主人の趣味なのかと想像できるスタインウェイのピアノが置かれていた。
ピアノに慣れた人でなくても、まずはポーンと音を鳴らしてほしい。その繊細でクリアな音にハッとさせられるだろう。
北海道産のナラの木が組み込まれ、ドーム状となった天井のおかげで、音が頭上で跳ね返り、私たちに波となって降り注ぐ。この心地よさのなかに、ぜひ身を置いて欲しい。
真空管アンプも設置されているので、試しに好みの曲を流してみた。しっとりした夜の闇で極上の音に包まれる時間。それが、こんなにも贅沢だったとは。
ダイニングに置くなら、やはりウォールナットの一枚板でできたテーブルが夢である。
そんなことを思いながら、オーダーメイドで制作したという無垢材の広々としたテーブルで夕食を囲む。
さて、夕食の内容も伝えておきたい。庭でBBQを楽しめるのはもちろん、北海道の希少な牛肉を味わえるお弁当をケータリングしてもらえるのがありがたいのだ。
季節によってメニューは変わるが、北海道の旬を楽しめる重箱になっている。これを自分たちのタイミングで摂れる気軽さも良かった。
キッチンも備わっているので、連泊するなら自分たちで調理する日、ケータリングを頼む日、BBQを楽しむ日など、いろいろ試してみて欲しい。
明日に備えて寝室に入ると、立派なシモンズのベッドが迎えてくれたので、早々に身を投げた。
あちこち動きまわって疲れた体が、ゆっくりと沈んでいく。今日はいい夢が見れそうだ。
朝、目が覚めてすぐに向かったのは、定山渓温泉から源泉を引いた露天風呂と内風呂だ。寝る前から、朝風呂を楽しみにしていた。
古くから「熱の湯」と呼ばれる定山渓温泉の特徴は、ナトリウム塩化物泉にある。皮膚の表面に付着した成分が体に熱を閉じ込め、芯から温めてくれるそう。
湯上がりの体をしばし庭で冷やしていると、木に設置された鳥箱にスズメが出入りしているのに気づく。
北海道といえば、愛らしいエナガを見てみたい。飛んでこないかとしばらく待っていたが、今日は残念ながら姿が見えない。
とはいえ、こんなふうに、空をぼんやり眺めているのは何年振りだろう。
一泊二日では出会えない、外の景色を見に行く
朝風呂で体を整えたら、奥定山渓に源流を持つ豊平川へ。温泉街の真ん中で素晴らしい清流に出会えるのが、この土地の大きな魅力だ。
春先は雪解け水でラフティングが楽しめ、夏や秋は水面から新緑や紅葉を眺められるカヌーやサップが人気である。
渓谷と森に囲まれた景観を楽しみながら、早速、川遊びに興じたい。周囲にはさまざまなレベルの登山コースがあるので、ぜひトレッキングやハイキングも楽しんでほしい。
1000m級の勇ましい札幌岳もあれば、森林散策を楽しめる500m級の朝日岳や夕日岳もある。断崖絶壁を登る八剣山や天狗岳など、ハイレベルなアスレチックに挑戦できるのが定山渓の特徴だ。
こんなにどっぷりと自然と対峙できるのだから、旅するからには連泊をおすすめしたい。一泊二日では見えてこない、山と川と温泉に囲まれた定山渓の景色にきっと出会えるはずだ。
登山やウォーターアクティビティに勤しみ、そのあとは湯めぐりや食めぐりへ。
宿に入って翌朝チェックアウト、そして帰路につくだけでは味わえない体験が定山渓には山ほどある。
手厚いもてなしを受けられる宿はこの世の中には数多くあるが、そこから享受できるサービスはときに似たものへ偏る。
「過ぎる」サービスがないからこそ、私たちは考える自由を得られるし、過ごし方を自分で模索できるのだ。
また、絶妙なバランスで家主の趣味が反映された「椿邸」は(民泊と呼ぶには豪華すぎるが)「もし自分が別荘を持つなら」と想像するのに最高のロケーション。
家主の趣味がちらほらと垣間見え、数日泊まって気づくことが多い。自分がもし別荘を持つなら「この家具を置こう。この間取りにしよう」と、さまざまな視点でセカンドハウスを意識できる。
人の別荘に泊まることで、自分の別荘のイメージづくりが固まっていくはずだ。
自然に囲まれた静寂な環境で、都会の喧騒からプッツリと切り離されると、自分の人生設計について考えてみたくなるから不思議だ。
これからの夢を思うままに語るには、人の気配がない静かな環境がベストなのだろうと実感できた滞在だった。
Editor’s Voice
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「椿邸」ではコンシェルジュなる案内人がチェックインの際に丁寧に設備を教えてくれるものの、そのあとは不在となるので、自分たちだけの邸宅になる。それは、通常のホテルでは得られない、もっとプライベートに踏み込んだ時間である。趣味人である家主の別荘に招かれた感覚が「椿邸」で実感できるのだ。
Tokiko Nitta(Writer)
Staff Credit
Written by Tokiko Nitta
Photographed by Hinano Kimoto
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