Interview

Issue : 41

デザインディレクター・川浪寛朗|原始的な時間に触れることで、外と内の隔たりがない暮らしへ

ミラノでプロダクトデザインを学んだ後、東アジアの放浪の旅から体感したデザインとは無縁の世界。島原半島・小浜の「STUDIO SHIROTANI」で自然と対峙しながらプロダクトを思案し、その後は日本を代表する銀座のグラフィックデザイン会社「日本デザインセンター」でデザインの最先端に取り組んだ。両方の視点を持つことで、現代の暮らしに必要なプロダクトの在り方を考える川浪寛朗さん。北欧のインテリアが印象的に配置された住まいでは、外と内のどちらでも使える合理的なキャンプ道具が随所に光っていた。

Profile

川浪寛朗

デザインディレクター。福岡県生まれ。九州芸術工科大学卒業後、「Studio Shirotani」で「KINTO」のプロダクトデザインに携わる。2011年、日本デザインセンター「原デザイン研究所」で企業ブランディングや展示・プロダクトデザインなど、幅広いプロジェクトに参加。独立後、台湾のアウトドアブランド「hxo design」の日本展開を開始。

世田谷の辺境で、自然の気配と共に暮らす

川浪寛朗さんの東京の自宅は、最寄り駅からやや離れ、繁華街からも遠く、周囲に高層ビルもない。目の前には鳥が集う川が流れ、東京とは思えないほどのどかだ。そんな立地を「世田谷のチベット」と表現する川浪さんは面白い。

 

世田谷という都会の真ん中にありながら、自然が多く、実は東京を淡々と俯瞰できる場所。そこに3年前から家族4人で暮らし始めたデザインディレクターの川浪さん。

 

今の住まいは、数世帯が集まるコーポラティブハウスだ。川浪さんが暮らす戸建ての他には、オフィスや飲食店、フラワーショップ、ヘアサロンなど、さまざまな店舗が連なる。

自宅にお邪魔した途端、パーテーション越しに印象的な本棚が飛び込んできた。川浪さんが好きな建築やデザインに関する本に混じって、手掛けたプロダクトやお気に入りのオブジェがアートピースのように並ぶ。とても美しい。そして、おもちゃ箱のようにワクワクさせられる。

 

この本棚は、壁に合わせて既製品の金物とシナ合板の棚板で制作したもの。棚に陳列されたランプやスピーカーの配線は板裏でまとめられ、前方から見たときの端正さが際立っていた。

 

気づけばどんどん増えるという大型本は、メインをこちらの本棚に収納。他は同じコーポラティブハウス内にある仕事場へ移動させているという。本棚を覗くと、川浪さんが興味関心を持つ一軍がわかるよう。

自然光の移ろいが、日々のリズムを刻む

「自宅で最も気に入っているのは光の入り方です。リビング脇の窓からの自然光は、朝昼夜で姿を変え、夏と冬でも入り方が大きく違う。そんな四季を通した光の変化を目の端で捉えながら、本を読んだり、お茶を飲んだり、音楽を聴く時間が好きです」

昼を過ぎ、夕方が近くなるにつれて、光の表情が刻々と変わっていく。生活していくなかでついた傷跡や色ムラがあるモルタル床に、差し込んだ木漏れ日がまるで有機的な図案のよう。

 

部屋の中に居ながらも、どこか外とリンクしている。この感覚が、年中キャンプに出かけるという川浪さんにとって大切なポイントらしい。

「住まいのデザインは、自分だけの好みを突き詰めるともっと違う形になるんですが、今は家族がいて、遊び盛りの息子が2人いる。みんなが心地いい空間の姿を無意識のうちに描いているのかもしれません」

 

とはいえ、自宅で過ごしていても、頭のどこかに仕事のことがある。リビングでデザインしたり、打ち合わせすることも多い。完全なプライベートではなく、セミプライベートが川浪宅のテーマだ。

子どもは丁寧に触れるべきものを知っている

子供が遊べる余白を考えて、椅子やソファを配置する。「自分だけだったら、もっと椅子が増えていたでしょうね」と笑う川浪さん。

 

高価なものも子供たちのすぐ届く場所にあり、こちらが「壊すことはないのだろうか」と心配した矢先、「これは壊れやすいから触っちゃダメだよ」と、下の子が先手を打ってくれた。

 

普段からそういうものに囲まれていると、幼いながらに“大切にしなくてはいけないもの”の線引きができる。日常からデザインに触れられる素晴らしい環境だ。

そんな川浪さんの住まいには、要所要所にアウトドア用品が置かれている。多忙なデザインの仕事の合間をぬって川浪さんがキャンプに通うのは、生きている感覚を取り戻すための作業でもあった。

 

野外での過ごし方を踏まえ、自宅に置かれたインテリアと、キャンプでの過ごし方の関係性について伺っていく。

都会と辺境の地を行き来して

若き日の川浪さんは、交換留学制度によってミラノ工科大学で学んだ経験がある。当時はきらびやかなミラノのデザインに憧れがあったという。

 

「初めは楽しかったのですが、暮らしにまつわる本質的な部分から外れた世界に疑問が出てきたんです。一部の裕福層のためだけにデザインされたインテリアに、興味が持てなくなってしまいました」

 

そこで、川浪さんはイタリア留学を早々に切り上げ、東アジアを放浪することを決断した。

「国境をまたぎながらアジアの辺境をまわっていると、自然と共生する民族の暮らしの中に、先進国にはない豊かさを垣間見るときがありました。もはや憧れに近い感覚と言っていいのかもしれません」

 

土着な生活で使われる、デザインとは無縁の道具たち。決して清潔でも最先端でもない家のなかで、幸せそうに暮らす大所帯の家族たち。そういったものに触れると一度は「もはやデザインなんて必要ない」とも思えたという。

 

洗練されたデザインがなくても、豊かな生活はある。ハイブランドにないものが、ヒマラヤの山中のような場所に埋もれていることだってある。

ヨーロッパでデザインの世界を知れば知るほど感じたジレンマは、旅することで答え合わせができたようだった。

不便な環境でこそ、生まれる知恵。そこから合理的な道具へ繋がっていく

その後、自然豊かな長崎の雲仙市小浜町のデザイン事務所「STUDIO SHIROTANI」に就職した川浪さん。こんこんと湧き出る温泉に毎日つかり、スタジオの目の前には夕日の美しい橘湾が広がる。夏になると仕事終わりに海水浴を楽しむことも多かった。

 

3年後、のどかな環境とは真逆とも言える銀座の「日本デザインセンター」に移り、日本の最先端たるグラフィックデザインの仕事に従事した。

この極端なほどの振れ幅は、ミラノからアジアに移った時の行動とよく似ている。どちらも知識だけではなく、自らの身体で体感することで、自分の生き方の中心点を見定めているようだ。

しかし、多忙すぎる東京での暮らしの反動からか、川浪さんはその後、野外で過ごす魅力にどっぷりハマっていく。

 

「キャンプでは自然に直にさらされるので、その季節ごとに快適で美しいロケーションを慎重に選びます。それでも天気や気温が最高の時もあれば、自然相手なので雨に降られることもある。そんな外から帰ってくると家はいつも変わらず快適そのもので、改めてその良さを感じます。またその一方で外の世界で感じた自然の豊かさをもう少し家に取り込めないか、とも思うわけです。」

  • アウトドアでも使用できる「STELTON」のオイルランプは、北欧家具にしっくり馴染む。いつもは自宅のリビングに配置。

  • 「eva solo」のコーヒープレスは自宅でも愛用しているが、野外に持参しても便利。コーヒーを入れて、温かく保てる。

野外と自宅で使えるという合理性

不便さもある一方で豊かな自然を感じられるキャンプと、自然には乏しいが快適で守られている都市を行き来する日々。そこから物の見方、距離感、付き合い方がわかることもあった。

 

最小限の荷物で、いかに快適で豊かな時間を過ごせるか?  家で使える物、外で使える物、どちらでも使える物。その関係性はとても絶妙なラインでつながっている。

「自分の家では、野外で使える物を普段の生活で使うこともあるし、逆にアウトドア用品ではないものを屋外に持ち出すこともあります。どちらでも使えるということは、機能的でありながら、家の中での使用に耐える美しさも備えているということ。できるだけそういう合理的な道具を探し求めていますし、ないものは作ることもあります。」

 

川浪さんの住まいを見渡すと、シンプルな北欧家具の間からキャンプ用品が所々に顔を覗かせる。合理的で実用性の高いスツールは、野外でも室内でも大いに活躍する。

日が暮れてくると、テーブルの上にコードレスライトが並ぶ。こちらはアンビエンテックの「TURN+」で、6時間充電すると500時間の点灯が可能とのこと。

 

部屋に置くとクリアな佇まいが白と木を貴重にした空間にしっくり溶け込む。耐水構造なので外でも実に頼もしいランプなのだという。

 

「キャンプに出る時は、そのままテーブルからヒョイと持っていきます。室内で使う物と、野外で使う物の境界線がなくなるのが理想ですね」

洗練された物も意味がない世界があること

どれだけ高感度なデザインでも、それが役に立たなかったり、意味をなさない世界がある。それは旅したことで痛感したこと。

 

「どちらの価値観も知っていることが大切。デザインするからには、暮らしの本質的な豊かさに携わりたいからです。だからこそ、これからも原初の暮らしを感じられる時間を大切にしていきたいと思います。」

pick up item

イサムノグチのAkari 24N

彫刻家イサムノグチを代表する和紙のランプ。おぼろげな和の明かりは北欧のインテリアたちとよく似合う。日が暮れた頃に明かりを灯すと、夜を告げる合図。穏やかな光で1日の最後が安らいだものになっていく。

 

pick up item

カールハンセン のPK1

建築家・ポールケアホルムが最初に制作したダイニングチェア。ほどよくコンパクトなサイズ感と軽量感で、今のキッチンの広さにぴったりだという。繊細に編まれた藤素材とステンレスの組み合わせも気に入っている。

 

  • Self Photo6

    川浪寛朗さんが撮る、旅と暮らしの一コマ。

    1枚目〜3枚目はキャンプにて。その日のロケーションや気候を考慮しながら、最小限の道具でいかに快適に過ごせるかを実験する場でもあります。4枚目以降は、10年以上前に訪れたスリランカのGeoffrey Bawaの建築群。ジャングルに埋もれていくことを積極的に設計に取り入れたヘリタンス・カンダラマは衝撃でした。外と中の隔たりがない開口部や、自然や光の取り入れ方、審美眼にかなったものだけに囲まれた空間は、それからずっと理想の住まいとしていつも頭の中にあります。

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Editor’s Voice

  • 川浪さんが「KINTO」のデザインに参加された頃から、驚くほどKINTOのブランドイメージが変わったのを覚えている。どこかコンセプチャルで、実験的で、使うたびに私はワクワクした。今回、自分が愛用している日用品を手掛けたデザイナーさんにお会いできたのはとても嬉しい時間でした。川浪さんの住まいもプロダクト同様、実験的で、面白い仕掛けがたくさんあった。

    Tokiko Nitta(Writer)

Staff Credit

Written by Tokiko Nitta

Photographed by Hinano Kimoto

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泊まるように暮らす

Living as if you are staying here.

食べる、寝る、入浴する。
家と宿、それらがたとえ行為としては同じでも、旅先の宿に豊かさを感じるのはなぜなのか?
そんなひとつの問いから、yadoは生まれました。

家に居ながらにして、時間の移ろいや風景の心地よさを感じられる空間。
収納の徹底的な工夫による、ノイズのない心地よい余白……。
新鮮な高揚と圧倒的なくつろぎが同居する旅のような時間を日常にも。

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