Interview
Issue : 24
peter ivy|“step by step”の精神から生まれる、暮らしの実験
“泊まるように暮らす”人に聞く、暮らしの哲学。今回訪れたのは、自然あふれる富山市の田園地帯で暮らすガラス作家のピーター・アイビーさんの住まい。築約70年の古民家を今なお改修し続けている住居兼ギャラリーには、随所にピーターさんの作品が見られる。日常が作品づくりに地続きとなっているピーターさんの生活は、常に探求を続ける旅そのもの。そんな実験的な暮らしにまつわるお話を伺った。
暮らしながら探究を続ける、築約70年の日本家屋
周囲を田畑に囲まれ、東西に豊かな山々が連なる富山市婦中。ガラス作家のピーター・アイビーさんの自宅に着くと、まずその長閑な集落の風景に心を奪われた。家の裏には古刹が佇み、さらに奥には美しい里山が望める。
玄関前に立つと、自宅に併設された大きなガレージで車の修理を黙々と行うピーターさんの姿が見えた。話を伺うと、古いクラシックカーを修理していくのが大好きなのだとチャーミングに笑う。カビだらけだったという車の内装は、今やとても美しく整えられていた。
テキサス州のオースティンで育ったピーターさんは、車の整備を学び、大工の見習いを経て、デザイン学校でガラスの技術を勉強した。車、大工、そこから美術の世界に飛び込んだ理由を聞くと「私は作る人だから。表面だけではない、作り方そのものに興味があります。年を重ねてもずっと手を使っていられる仕事を探していたんです」という答えが返ってきた。
卒業後はマサチューセッツ芸術大学で教鞭をとったが、ガラスの可能性を求めて、昔から興味があったという日本へ渡る。そこで、ガラス作家の育成に積極的な富山県へ移住したのが2007年のこと。海と山が近く、仕事や生活がその土地と地域にしっかり根づいた田舎暮らしは理想的だったそう。
step by step、完成図のないデザイン
5年かけて今なお改修中の築約70年の自宅に入ると、見事な梁が天井に連なっている。二階の床を抜いて、吹き抜けになった古民家は清々しいほど明るい。“細く区切られて薄暗い”という昔ながらの日本家屋のイメージがここで一気に払拭された。
「どの時間帯でも光が入るように、二階にぐるっと窓を増やしたんです。おかげで、剥き出しになったケヤキの梁が美しく見えるでしょう」
二階に上がると、寝室と浴室が渡り廊下でつながっている。こんなユニークな間取りを見たことがないと伝えると、「これは自分で何パターンもデザインを考えて、大工や職人と一緒に解体工事をしながらアイデアを出し、試行錯誤したものです」と教えてくれた。使って初めて問題点が浮き彫りになるからこそ、改装の着眼点が生まれる。作っては壊し、作っては壊し、その連続だったそう。
「step by step!」とピーターさんが笑う。完成なんてない。生活している限り、その時に適したデザインは生まれてくるのだ、と。
一階のキッチンと納戸の間は、モロッコ製の手焼きタイルが敷きつめられたギャラリーになっていた。壁に設置された棚に、ピーターさんの代表的な作品が並ぶ。ギャラリーからは生活の場であるキッチンが見え、訪れた人は暮らしの延長線にピーターさんの作品があることを肌で感じる。
「アメリカでは作品を展示しても、ギャラリーの人と契約して終わり。日本の展示会は作家も在廊できるので、自分の想いを伝えながら作品を紹介できる。お客さんも“自分の家ではこんな風に使っている”と教えてくれます。私にとって、その時間がとても大切。人と人のコミュニケーションから、次の作品のヒントが生まれるから」
だからこそ、自宅の真ん中で、作品を手にとってもらえるギャラリーを作りたかったと話す。
不便は発見、キッチンから生まれる暮らしのアイデア
ピーターさんの住まいの中で、最も実験的に見えたのがキッチンだ。友人に譲ってもらったという100年前のアメリカ製の鋳物ガスオーブンは、自作のグリルプレスを設けて、非常に掃除しやすい仕組みになっていた。
その背後には、調理中にすぐ食材を取り出せるように、業務用の冷蔵庫が横長の棚にすっぽり収まっている。床に冷蔵庫を直置きせずに、背の高いピーターさんが作業しやすい高さに配置されていた。
流し台に無造作に置かれていたのは、洗い終わった食器たち。なんと、蒸し器の「せいろ」を使って水切りをしていたピーターさん。食器洗いをしている途中、ちょうど良いのがあったと乗せていったそう。
引き戸の食器棚にもパンチングされた金属板を敷き、そこに器を収納することで、風通しの良い環境を作っていた。器が少々濡れていても、すぐ乾くのだそう。
ピーターさんの暮らしを覗くと、生活の中にこそ発見がある。暮らしやすさや使いやすさを、常に興味深く吟味しているようだ。住まいこそ、ピーターさんの作品である。
住まいも工房も研究対象
自宅の隣に構える工房にお邪魔すると、数名のスタッフが作業を進めていた。ここでは「流動研究所」の仕事の他に、スタッフが休日に個人制作や練習のために設備が使えるようになっている。
窯を持つには莫大な費用がかかる。窯の火を維持することも、若い作家には大きな負担だ。だからこそ、技術を習得しながらプライベートな作品づくりに取り組めて、独立が可能になる道筋を設けたピーターさん。
「教えていることで、実は学ぶことの方が多い。互いに支えながら物づくりができる環境こそ理想です」と話す。
古くから日本の伝統工芸の根底にある、弟子の下働きの問題点を改善し、みんなが生きやすい場を模索する。ここでも家づくりと同様、「step by step」の精神が見えた。
「自分の問題は、時として自分だけのものではない。実は、みんなが抱えている問題だったりするかもね」と、いたずらっ子のように微笑んだ姿が印象的だ。
終わりは常に来ない、今が旅の途中
最後に、ピーターさんに「泊まるように暮らす」ことについて伺った。若い頃から様々な土地を旅してきたピーターさんは、どんな時でも“今が旅の途中”の精神にいる。自分が立っている世界に目を向けること。日常が退屈でも、非日常を求めなくていい、という。
「やってもやっても、終わりは来ない。体がまだ動くなら、自分のできることを試していこう。そうして年を重ねて、いつか動けなくなったとしても悲しいことではない。自分がやったことは、必ず後ろに続いているからね」
築70年の住まいも、工房も、ガラスも、すべてが作品。トライすることの意味を、ピーターさんの暮らしから学んだ。
pick up item
「アーティストが日用品を作ると保存容器もオブジェに変わる」。オンラインストアの言葉通り、なんでもない景色を特別なものに変える力を持つ保存容器「Jars」。もちろん、空のままでも美しいが、ピーターさんのキッチンに並ぶその様子が最も美しく、道具が喜んでいるようにさえ感じられた。
あなたの暮らしのシーンで、とっておきの容器に入れておきたいものは?
たった一つの“自分の暮らし”を見つめ直すところから、道具選びは始まるのかもしれない。
Editor’s Voice
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ピーターさんの改修を重ねた住まいを訪れると、彼の精神性に触れたような気持ちになった。夏休みに、少年が自分の秘密基地をワクワクしながら手がけているようだ。作って壊して、その繰り返しが楽しい。住まいのどこを見ても、熟考のあとが伝わってくる。自分の住まいに置き換えてみると、「ここがもっと使いやすかったら」という点が、我が家に一体いくつあるだろう? それに甘んじている自分にも気づかされた。「キッチンはこういうもの」という固定概念を壊して、自分の住まいも暮らしも実験現場へ近づけていきたい。
Tokiko Nitta(writer)
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初めてピーターさんを知ったのは今から16年前、『クウネル』という雑誌のある頁だった。まだ高校生の私は、富山でガラス作品を作りながら自ら家や車を直し、必要とする物を自給するピーターさんの姿に胸を高鳴らせていた。
家の中に引かれた水路や、家族の声や動線が回遊する2階の作り、機能的な水回り、そして複雑な工程を往復しながら吹伸ばされるガラス。そのどれもにピーターさんの深い道理と理屈が備わっている。
それらをほんの少しながらも間近に感じ、写真という仕事に出会えことを幸せだと思った。
Kazumasa Harada(photographer)
Staff Credit
Written by Tokiko Nitta
Photographed by Kazumasa Harada