Trip
Issue : 18
嵐山邸宅 MAMA|嵐山の奥座敷で、あるがままの自分に触れる
京都を代表する観光名所、嵐山。小倉百人一首の舞台にもなった賑わいは今も色褪せることなく、多くの外国人客や若者を虜にする。そんな嵐山を静かに俯瞰するように「嵐山邸宅 MAMA」は佇む。宿の奥に入れば入るほど、自分の内面に潜れる。そんな静謐な魅力を携えた宿から、住まいのヒントを模索する。
京都駅から電車で西へ入ルこと約30分。平安時代から多くの人に愛された風光明媚な嵐山がある。桂川に架かる渡月橋からは季節ごとに鮮やかな風景が広がり、今日も多くの観光客がその美しさに足を止める。この日は折しも卒業シーズンで、通常の観光客に加えて嵐山一帯は卒業旅行を満喫する学生で溢れ返っていた。
しかし、驚くことに、阪急嵐山駅と渡月橋の間の道を東に入った途端、その喧騒は立ち消える。ひっそり現れたのは、阪急電鉄の元保養所をリノベーションした「嵐山邸宅 MAMA」。ホテルの名前に込められた「MAMA」は、ありのまま、そのまま、わがままなどを意味するそう。滞在することで、自分の中のどんな「まま」と出会うのか。美しい門や庭を通り抜け、嵐山の一軒家の奥へ進んだ。
昼間の賑わいをかき消す、嵐山の夜と対峙して
「嵐山の夜は早い」。この場所を知る人は、皆が口を揃えて言う。昼間、渡月橋を行き来する学生や観光客の喧騒が嘘のように、19時ともなると街の明かりはすっかり消えた。目抜き通りにもひと気はなく、都会の夜に慣れている人からすれば、この静寂こそが味わい深い。
外の世界と区切りをつける、幕の仕掛け
宿の門扉をくぐると、まずは多くの人で賑わうレストラン「儘」が現れる。地元の海鮮や山菜をベースにした料理を思い思いに楽しむ人たち。その奥、長いカーテンで仕切られた先に進むと、まるで秘密基地の入口のように宿のフロントが姿を見せた。
一歩、中に入る。カーテンの幕が落ちる。その途端、再び嵐山の奥ゆかしい夜の静けさに引き戻された。
宿の構成は2階に5室、1階に5室。1階は階段を降りる構造で、建物の奥に入ると半地下へ進むようになっていた。“うなぎの寝床”と呼ぶ京町家を思わせる奥行き。けれど、自然光が入る坪庭のおかげで、奥へ奥へ進んでも閉塞感がない。あるのは、京文化を継承する日本家屋ならではの「この戸の向こうに何が現れるのか」という期待だ。
夜がどれほど暗かったか、朝がどれほど明るかったか
部屋に入ると、飛び込んできたのは、プライベートに徹した日本庭園だ。それを眺めながら湯に浸れる、内風呂と露天風呂の間のような風呂場。嵐山の夜の圧倒的な暗闇と対峙して、1日の終わりを湯船で過ごす時間はどれほど甘美なものだろう。
そして、すぐ前には洗面台が備わり、ここで朝の身支度をするのがどれほど心地いいかが容易に想像できた。季節によって移ろう景色は鮮やかだろう。1日と1日の境目が曖昧な都会での暮らしとは完全に異なる、始まりと終わりを明確に迎えられる場所だ。
わがままな建物を、あえてありのまま使う
「嵐山邸宅 MAMA」の設計を手掛けたのは、現在、宿の運営も兼ねている会社「DAY inc.」。長らく阪急電鉄の保養所だった歴史ある建物をどう復活させるか?昔の図面を読み解いた時、建物の個性を“ありのまま”使うことに決めた。天井の豪快な梁や鉄骨はそのまま残し、そこに地元の職人による手仕事のインテリアを加える。
ただし、決して純和風にならないように。配慮したのは現代人が過ごしやすいハイブリッドなしつらえだった。ここから「嵐山邸宅 MAMA」の館内を通して、現代の住まいづくりに役立つヒントを拾ってみよう。
明かりの陰影で、スペースに意味をつくる
部屋で過ごしていると、そこかしこにぼんやりと浮かぶ照明に気づいた。天井やベッドサイド、ソファスペースのそばに、提灯やランプが置かれている。空間を照らすダウンライトはあえて少なくしたという。部屋を部分的に灯す照明を用いることで、そこで過ごす意味を構築したそうだ。
明かりを求めてソファには人が集まり、ベッドサイドでは読書に耽る。人が談笑できる明るさ、物語にのめり込める明るさ。おぼろげな光と影の存在で、人は自ずと空間を線引きする。部屋の中でその場所に見合った明かりを選ぶことが、居心地のいい過ごし方の導線の一つとなるかもしれない。
ありのままに戻る、趣味の部屋
「嵐山邸宅 MAMA」の最奥には、この邸宅の主人の書斎がある。趣味のものを収集した、いわば秘密の小部屋。そこでは好きな建築や植物に関する書籍に没頭でき、好みの家具に身を委ねられる。扉を開ければいつだって、自分の世界に心の奥から夢想できる。
そんな部屋が自宅に1つでもあるとしたら、いかがだろう?たとえ狭くても、ありのままの自分に戻れる空間は、変化の激しい現代社会を生き抜くうえでとても大事なことに感じる。
宿に設けられた地下のラウンジ「000」は、そんな着想から生まれた共有スペースだ。心と体に穏やかに処方される、精神世界のような存在。
コーヒーを飲みながら読書に耽り、旅の夜に自分の興味の矛先を再認識することができた。
pick up item #1
部屋の天井やベッドサイドに吊るされていたのは、江戸時代から続く京都の老舗提灯屋「小嶋商店」の提灯。竹割から紙張まで一貫して手作業でつくられ、頑丈な提灯が完成する。古くから京都の夜を照らしてきた京提灯だ。竹ひごを螺旋状に巻くものと、竹ひごを1本ずつ輪にして並行に編むものがあり、たとえ穴が開いても崩れない。ぼんやりとした穏やかな明るさは、夜の暗さを否定しない優しさがある。家の中で提灯を吊す、という粋を楽しみたい。
pick up item #2
ラウンジスペースにさりげなく置かれていた、家具の端材からつくられたブロック。これは廃棄物に新しい価値を与えるプロダクトブランドのもの。通常の整えられた積み木と違って、アンバランスさを伴うフォルムは、頭を使って積み上げるものではない。五感で木の温もりと均衡を味わう。趣味の部屋で何気なく遊ぶだけで、パンパンになった頭もリセットできそうだ。
夜も煌々と明るい街で暮らしていると、暗闇がどれだけ暗かったかを忘れてしまう。ここは誰であっても時間の経過に自覚的にならざるを得ない。夜で区切られる、1日の確かな終わり。そして、生まれ変わったように活気づく朝。
千年の歴史が続く嵐山の特性を活かした「嵐山邸宅 MAMA」。自分でも気づかなかった側面と出会えるような、自分のありのままにふと立ち返らせてもらえるような、そんな場所だった。
Editor’s Voice
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阪急電鉄の保養所だった頃、この邸宅に人が集まると、どんちゃん騒ぎの宴会だったそうだ。もしかしたら、祇園から芸妓さんを招くことがあったかもしれない。今の静かな宿からは想像できないが、当時のままの立派な梁や柱や瓦を眺めていると、昭和の夜の活気を想像できて楽しい。歴史がある建物には、当時の空気と現代がふと交差する瞬間がある。昔の名残を感じさせてくれる足跡。「嵐山邸宅 MAMA」にも静けさの中にその熱量があり、それが目には見えない宿の趣に繋がっていた。そんな想像力を発揮できるのも、この宿の魅力ではないだろうか。
Tokiko Nitta(writer)
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ホテルの名前に込められた、“そのまま、ありのまま、わがまま”を意味するという「儘」という言葉。一見強い言葉だが、ここに来て感じるのは、決して押し付けがましいそれではない「儘」の在り方だった。奥まで足を進めて初めて気づく、そこで時間を過ごして初めて気づく。そんな風に、なんだか奥ゆかしく、個性がそこに置かれているのだ。個性の表現は直接的じゃなくてもいい。隠すようにそっと置いてみてもいい。むしろそうした方が、特別な“愛おしさ”のようなものが増していくのかもしれない。そう感じさせてくれた宿だった。
Chiaki Miyazawa (yado)
Staff Credit
Written by Tokiko Nitta
Photographed by Kazumasa Harada
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Hotel Information